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複素解析 (複素関数論) – オススメの参考書

数学書籍紹介, 複素関数論

複素解析 (複素関数論) – オススメの参考書

複素解析 (もしくは複素関数論) は様々な応用を持つ解析分野であるが,
各応用分野でいいとこ取りをするあまり,
縁をねぶるような理解で終えることが普通である.

複素解析は非常に強力で応用範囲が広くありながら,
「複素数」への先入観からか,
どうも虚構としてのイメージから脱却できないことがある.

言っちゃ何だが,ちょっと言葉選びを間違えると,
トンデモな言葉になりかねないという怖さがある.
これはそれまで積み上げてきたキャリアを一瞬で自ら泡にするという行為であり,
複素数それ自体について何か言及することは滅多に無い.

方や純粋に数学だとすれば,そういったことは何も考えずに割り切れる.
極論を言ってしまえば,現実との接点など二の次で,
高度なことを極限まで語り尽くすことに全力を傾けられる.

そういうわけで,応用側では直観の程度が解析計算で終わることも少ないにも限らず,
そのあたりを照らしてくれる数学側の本というのはそうそうない.
以下では複素解析に関連した理解を助ける,
そして同時に豊かにしてくれるきっかけや基礎力を与えてくれる書籍を紹介する.

ビジュアル リーマン予想入門 ~グラフで解き明かす素数とゼータ関数の関係

一見,中身が薄そうな本に見えるが,それは大間違い.

リーマン予想とゼータ関数をテーマに解析接続や総和法など,
複素解析の美味しいところを程よく,読者に難しさの印象を与えずに書かれている.
込み入った証明の必要な部分は省略するか,脚注で的確にコメントしており,
この本を読んでいると,よく練られていることがページをめくる度に伝わってくる.
書籍のレイアウトが非常に見やすい点も見逃せない.

例えばゼータ関数の 1+2+3+4+\cdots に関しては,
上記の Wikipedia でも特別に一記事割り当てられているように,
見た目の狂気さを逆手に取って,いいように扱った書籍や言説が多く,
特に総和法に関してどうにも正しく触れることが少ない.

やれ,Ramanujan がどうだとか,超弦理論がどうだとか,
繰り込みがどうだとか,総和法それ自体に向き合わずに述べられることが多い.

この話題に関しても本書は迷子にならない範囲で真摯に,
そして落ち着いて説明するかのように書かれているので,やはり好印象である.

複素解析の教科書というと方向性は違うが,副読本としては十分すぎるほど豪華といえよう.
これは間違いなく,買いの一冊だ!

ビジュアル リーマン予想入門 ~グラフで解き明かす素数とゼータ関数の関係

複素関数論 (技術者のための高等数学)

堅実な一冊.その一言に尽きる.

ところで,この原著はとても分厚い本で有名なのではと思う.
またモノクロ印刷の劣化版が出回っており,
果たして本物 (?) が届くのかどうか不明な点がある.

ロングセラーの本にはとかくこういうのがつきまとう.
例えば,Peskin–Schroeder の場の理論のテキストもそうだ.
中には教科書に書き込みをしまくることを前提に,
あえてインド (?) 経由の粗悪な製本を一冊目に選ぶ人も例年一人はいたりする (だろう).

そういう意味でも本書は世界的標準であり,
複素関数論の技術的な基礎基準についてもどれほどかが目安になる.

複素関数論 (技術者のための高等数学)

留数解析 – 留数による定積分と級数の計算 (数学ワンポイント双書 28)

著者は幅広い分野と多くの著作を残されている (有名過ぎる) 方だが,
数値計算の分野にも明るい人だ.というよりパイオニアの一人だ.
下記の文献には年表があるが,計算機応用の黎明期に著者の名を確認できる.

日本のソフトウェアの草創期:II. 応用ソフトウエア 数値計算

そういうわけで本書は数値計算にも触れているのだが,
「複素関数論の数値計算」についてページが割かれているのである.
「複素関数論の数値計算」だ.そんな本があるだろうか.
これだけでも手にする価値がある本である.

そして留数計算では Abel–Plana の総和公式についても言及されている.
この総和公式は面白いし,応用も色々あってやっぱり面白い.
しかし言及している複素関数論のテキストはないと言っていいくらいである.
かといってこの総和公式を使った計算をする文献では,
この総和公式自体は引用するだけのも少なくなく,
魔法のような公式としての印象を持つこともしばしばである.

以上のような話題をぜひ味わっていただけたらと思う.

留数解析 – 留数による定積分と級数の計算 (数学ワンポイント双書 28)

詳解 関数論演習

共立出版の大学課程数学演習シリーズはかなり質が高いものが多い.
助けられた理工学部生は相当数いるのではないだろうか.
ただ残念ながら,多くが絶版になっている.

『詳解 関数論演習』もその一つである.

本書がカバーする複素関数論の領域は広い.
延々とこの本だけを解いているだけでも相当な力がつく.
比較的優しいとされる A 問題と,
やや難しいとされる B 問題にレベル分けされているのだが,
A 問題の留数計算一つとっても相当な濃度である.
まぁ,何より「ああ,自分は大学生なんだ」というような気持ちにも浸れることだろう.

年代的に 1980 年代前半の演習書なので,
この時代の知的水準の高さというべきか,余裕というべきか,が伺える.
大学院という存在が今ほど大衆化していなかった,
もしくは問題化していなかったギリギリの時代だ.
学問をしていた時代だったように思う.

まだ質を担保できるアカデミアらしさがあったのではないだろうか.
実際,1991 年には大学院生倍増計画という名の過酷な競争が始まる.

院生が素朴に思っていたり期待している大学院と,
行政が考える大学院 (大学院計画というべきか) はかなり違う.
小学生で言えば校長先生や教育委員会って何してるの,みたいなもの.
下記の資料はその溝を埋める,または現実の仕組みや大きな流れを知るのに良いかもしれない.

物凄く脱線してしまった.

今の世では「生涯学習」が実はベストかも知れない.
そんなとき手が動かないと始まらないので,
そういう経験をするという意味で,
最初の一冊に勧めたい本でもある.

なお著者の小松勇作氏の著作物は優れたものばかりなので,
氏の名前を覚えておくとよいだろう.

詳解 関数論演習

ヴィジュアル複素解析

和書は絶版なため,原書である洋書の購入が現実的である.
はぁ,絶版なのだ.
培風館の書籍は尖っている本が多く,従って絶版になりやすい.
優れた本は残らない,むしろ消えやすい.
これは本書のような副読本に顕著である.

和訳の水準も高く,読んでいてぎこちなさを感じない.
分冊になっていないという点も見逃せない.
おそらく他社出版では上下巻になっていたことだろう.

複素関数は安直に考えると可視化に四次元が必要になるので,
そのことをもって可視化を諦める人が実に多い.

おそらく留数定理を習った時点では積分路と極しかそこには見えないことだろう.
本書は複素関数論を流線によって見直そうとする話題に力が割かれており,
そのような理解のレベルを押し上げる視点を与えてくれる.
極と零点の話と,湧き出しと吸い込みの話が対応していくことが見えてくると,
それまでの無味乾燥とした理解ではなく,全く違った躍動的な世界が見えてくるはずだ.

ヴィジュアル複素解析
Visual Complex Analysis
著者の HP

Visual Complex Functions: An Introduction with Phase Portraits

そろそろ絶版でない手に入る本を紹介しなくてはならない.
それがこの本書で,全ページカラーという豪華仕様である.
これはそのまま本書の特色を体現している.

というのも下記でも解説しているように,複素関数の可視化の基本的なものに,
偏角を色相環で表すプロット方法がある.

このプロット方法はカラーだ.
モノクロでも同様のプロットが可能だが,
そもそもカラーでの見方を知っていないと辛いだろう.

色相環を利用した複素関数のプロットは極と零点や支配的な冪といったことを可視化している.
それを知っていると四次元のプロットだと匙を投げることなく,
複素関数の素性を見る力がついてくる.

ちなみにこういったプロットの実装はいろいろとあり,完成度も様々だが,
例えば次は,簡単な関数であればレスポンス早く見れて役立つ.

そのようなことを主眼として複素関数論を述べた書籍が本書である.
とても珍しいし,力作といえる.
何より豊かな複素関数の一面を見てわかるというのは大きい.

Visual Complex Functions: An Introduction with Phase Portraits

The calendar Complex Beauties

毎月(毎日?),複素関数の美に触れたい方は The calendar Complex Beauties がオススメだ.
ぜひプリントアウトして飾ってみよう!
ただし祝日を手書きか何かで直すことを忘れずに!

等角写像とその応用 (岩波オンデマンドブックス)

おっと,これも絶版...軒並み絶版だ..
しかしオンデマンド印刷で (すごく高いけど) 入手可能.
大学生になると次第に書籍の高さに麻痺していくことだろう.
麻痺したからと言ってたやすく買える値段ではないのは確か.
値段はその方面のプレイヤーの数を如実に表している.なんとも残酷だ.

さて本書の内容だが,これは複素関数論の応用によって,
二次元流体を自然に記述することを示している.

例えば複素関数論には Schwartz–Christoffel 変換という等角写像があるが,
これを本書に沿って流体力学の文脈で理解できることを体感すると,
ますます複素解析が身近になってのめり込むことになる.

そうこうしているうちに,弦理論の世界面すら見えてくることだろう.
弦の振幅計算を行うときもきっと本書は役に立つはずだ.
やはり式の意味を物理的に理解しながら愛でられるのはかなりの強みである.

等角写像とその応用 (岩波オンデマンドブックス)

複素解析と流体力学

『等角写像とその応用』の著者である今井功氏は,
複素解析を流体力学に応用したパイオニアでもあり様々な本を著している.
類書として本書も挙げておこう.

こちらは一時期絶版だったが復刊された.
できることならいつまでも定価で手に入れたいものである.

複素解析と流体力学

インドラの真珠: クラインの夢みた世界

これも絶版だが,(ああ,絶版ばかり挙げている...)
著者の一人は『Tata Lectures on Theta I, II, III』で知っている方もいることだろう.
David Mumford だ.

Mumford や他のかけがえのない著者 David Wright と Caroline Series らが書いた本書は,
本を書くことが一つの大きな仕事,つまり作品をつくることだということを思い出させてくれる.

原著の訳者は『ヴィジュアル複素解析』の訳者 (小森洋平氏) の一人で,
Series 氏とのいきさつがあとがきに記されており,相応しい翻訳者だと誰しもが認めることだろう.

本書の特色の一つは極限図形の可視化であり,それを読者にも追体験してもらいたく,
プログラミングの方法を幾つか提案してくれるのだが,その一つに Post Script で書いてみよう,
というのがあり,これはかなりきっつい提案ではないだろうか.
いやしかし,そういうところ (汗かいてるね感) がいいのだ.
もちろん,本書のプログラミング部分は (C/C++-like な) 擬似コードになっており,
ちゃんと配慮がなされている.

本書は高度な内容まで触れているが,かなり初歩的なところから説明を始めるのみならず,
数学史であるとか,それにまつわる問題だったり,
脚注の薀蓄がまた著者たちがその場にいる雰囲気を出してくれる.
読者を楽しませようという意気込みが随所で感じられるのだ.

Möbius 変換についても丁寧に展開した後に Schottky 群の話に入るのだが,
この群について述べた和書を探すのは相当大変ではないだろうか.
その意味でもこの本は価値がある.
この自由群と Riemann 面との関連も自ずと見えてくるだろう.

ここまで読み進めていくと,あなたはもうフラクタルの世界に自然と入っていっているだろう.
本書の題目であるインドラの真珠にたどり着くわけだ.
そして Apollonian gasket が現れ,
かつて Gauss が人知れず到達していた保型関数の世界に足を踏み入れることになる.

Klein の夢みた世界は彼にとって桃源郷だったかもしれない.

インドラの真珠: クラインの夢みた世界
Indra’s Pearls: The Vision of Felix Klein
本書の公式ホームページ
CinderellaJapan による本書の解説

複素解析 (Lars Valerian Ahlfors)

今でこそ古典の部類に入るが,まだ色褪せない.
著者は Fields 賞の初代受賞者の一人である.

しっかりした書籍を日本語で読めるというのがすごいですね.
本書の構成が「中を知っている人」という感じがとても伝わってくる.

後追い,というか,出来上がったものを追いかける人が書くテキストは,
他の数学分野の基礎から積み上げてきた背景があるが故に,
そういった定型文のような,しかし慎重な,いやしかしツマラナイものになりがちである.

本書は違う.直観に訴えながらも厳密に話を進め,
リーマン面や複素積分が有する位相的側面を拾いながら,
複素関数の特質を見極めていき,複素解析の全体を伝えようという力強さが伝わってくる.

本書は一つの作品になっている訳である.

複素解析 (Lars Valerian Ahlfors)

複素解析 (プリンストン解析学講義)

Ahlfors の複素解析を現代風にしたような本.
一貫した解析学のカリキュラムを意識したつくりで,
Ahlfors のような一品物の作品性はないにしても,
体系的に学ぶという点では完成度の高いテキストではないだろうか.

著者の一人は Elias Menachem Stein で,彼の弟子に Terence Tao も含まれている.

解析学の本なので当然といえば当然であるが,
収束性の論証がいちいち詳しくしてくれるのはありがたい.

Fourier 変換との関連で Poisson の和公式にも言及してくれている.
Poisson の和公式の応用は広いが,例えば弦理論では T-duality を正に表す式として表れる.
それは従ってテータ関数との深い関連を示唆するものだが,
本書は Eisenstein 級数についても触れていてくれている.

そういうわけで数論への導きが見えてくる訳だが,
よってまた定番のゼータ関数と素数定理についても一章を割いて言及している.

保型関数一つとってもより複雑な計算 (例えば分配関数) に臨む前に,
本書での足固めは非常に有用に思う.

付録がまた濃い.
漸近挙動と Jordan の曲線定理を扱っており,
そのトピックからも質実剛健な構成を感じ取ることができる.

複素解析 (プリンストン解析学講義)

複素解析 1変数解析関数 (ちくま学芸文庫)

本書は 1978 年に出版されて文庫化された本になる.
1980 年代の前半までは良書が多いような気がするのは,

著者は Ahlfors の複素解析の訳者である.
訳者である以上は Ahlfors を相当読み込んでいるはずだ.
本書の構成もその殻を破るというか,面白い構成になっている.

例えば早い段階で Riemann 面の関連から,
(一次元) 複素多様体の定義を行っている運び方は現代的なところがある.
複素多様体はあくまで導入に過ぎず,様々な理論展開はないが,
巷の複素関数論のテキストは Riemann 球面がもしかしたら出てくる程度であることを考えると,
より一般的な多変数や複素多様体の議論の足掛かりを見せてくれているという点で
貴重な本である.

まぁ,値段が安いというのが一番の利点かも.

複素解析 1変数解析関数 (ちくま学芸文庫)


最後に宣伝で恐縮でありますが,
Math Relish 物販部もご利用いただけたらと思います.

2021-08-22数学書籍紹介, 複素関数論