Grassmann 代数と行列式 (楔積による定式化)
Grassmann 代数と行列式 (楔積による定式化)
行列式と Grassmann 代数の関連について述べる.
この話題の文献としては Grassmann Algebra and Determinant Theory が入門的で易しい.
行列式との対応
最初に第 成分のみ で他は とした基底 から標準基底 を集めて,次の -要素を定めておく.
$$
a_j := \sum_{i=1}^n A_{ij}e_i
$$
これより次の 次正方行列 を考える.
$$
A := \begin{pmatrix}a_1 & \cdots & a_n\end{pmatrix} =
\begin{pmatrix}
A_{11} & \cdots & A_{1n} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
A_{n1} & \cdots & A_{nn}
\end{pmatrix}
$$
このとき次が成り立つ.
行列式 は楔積を用いて次のようにかける.
$$
D = \frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}
$$
証明は以下のとおり.
であるが,
ここで は Levi–Civita の完全反対称テンソル を用いて次の評価ができる.
$$
e_{i_1}\wedge\cdots\wedge e_{i_n} = \varepsilon_{i_1\cdots i_n}(e_1\wedge\cdots\wedge e_n)
$$
よって行列式の定義から直ちに次が得られる.
$$
a_1\wedge\cdots\wedge a_n = D (e_1\wedge\cdots\wedge e_n)
$$
今,もし与えられた基底と行列 に対して,上式を満たす が一意に定まるのならば,除算を定めることができる.
そこで次の二式を考える.
\begin{eqnarray}
a_1\wedge\cdots\wedge a_n &=& D_1 (e_1\wedge\cdots\wedge e_n), \\
a_1\wedge\cdots\wedge a_n &=& D_2 (e_1\wedge\cdots\wedge e_n)
\end{eqnarray}
これらの辺々を引いて次を得る.
$$
(D_1-D_2) (e_1\wedge\cdots\wedge e_n) = \underset{n}{0}
$$
ここで は の零元である.
こうして得た式が成り立つために,まず の場合を考えると,
でなければならなくなるが,これは明らかに成立しない.
よって のみが残る.これは が一意に定まることに他ならない.■
コメント
証明では を用いたが,
これは楔積の反対称性を表すものであり,
一般に標準基底でなくとも が従う.
よってまた次を得る.
$$
\frac{a_{i_1}\wedge\cdots\wedge a_{i_n}}{a_1\wedge\cdots\wedge a_n} = \varepsilon_{i_1\cdots i_n}
$$
行列式の諸性質との対応
楔積を用いた行列式の分数表記は,行列式の多重交代線型性を代数的によく表している.
また分数表記は共通因数の約分という操作を想起させるが,
これも行列式の計算と対応させることができる.
線型性
\begin{eqnarray}
\frac{a_1\wedge\cdots\wedge(a_i+b_i)\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} &=& \frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_i\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} + \frac{a_1\wedge\cdots\wedge b_i\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n},
\\
\frac{a_1\wedge\cdots\wedge (ca_i)\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} &=& c \frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_i\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}
\end{eqnarray}
交代性
$$
\frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_i\wedge\cdots\wedge a_j \wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} = -\frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_j\wedge\cdots\wedge a_i \wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}
$$
この他にも,ある列に別の列を加えても行列式の値が不変であることも,冪零性から明らかである.
$$
\frac{a_1\wedge\cdots\wedge \left(a_i + \sum_{j\neq i}c_ja_j \right) \wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} = \frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_i \wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}
$$
単位行列の行列式
行列 が単位行列であるということは の場合である.
すると分子は分母に等しくなり「約して とする」という計算と対応させることができる.
$$
\frac{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} = 1
$$
これと Grassmann 代数と行列式の関係から次もまた従う.
$$
\frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_n}{a_1\wedge\cdots\wedge a_n} = 1
$$
つまり約分ができる.
行列式の乗算
行列 が の関係にあったとする.
この場合に が従うという性質があった.
これは次の単純な約分の関係に対応しており,遥かに見通しが良い.
$$
\frac{c_1\wedge\cdots\wedge c_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n} = \frac{c_1\wedge\cdots\wedge c_n}{a_1\wedge\cdots\wedge a_n} \frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}
$$
証明は次のとおり.まず より行列 の -成分 は である.
今,行列 を と分解する場合に, は である.
これらのことから次が得られる.
$$
c_j = \sum_{i=1}^n \sum_{k=1}^n A_{ik}B_{kj} e_i = \sum_{k=1}^n B_{kj} \sum_{i=1}^n A_{ik}e_i = \sum_{k=1}^n B_{kj} a_k
$$
すると次の評価ができる.
$$
c_1\wedge\cdots\wedge c_n = (\det B) (a_1\wedge\cdots\wedge a_n) = (\det B)(\det A)(e_1\wedge\cdots\wedge e_n)
$$
一方で左辺は であることより次が従う.
$$
c_1\wedge\cdots\wedge c_n = (\det C)(e_1\wedge\cdots\wedge e_n)
$$
よって が得られたことになる.
逆行列の行列式
であるが,これは単位行列 に対して であることより,
Grassmann 代数では,先の「行列式の乗算」で示した等式より次が対応する.
$$
1 = \frac{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}{a_1\wedge\cdots\wedge a_n} \frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}
$$
つまり次を得る.
$$
\frac{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}{a_1\wedge\cdots\wedge a_n} = \left. 1 \middle/ \left(\frac{a_1\wedge\cdots\wedge a_n}{e_1\wedge\cdots\wedge e_n}\right) \right.
$$
これは分子分母の単純な式の操作に対応している.