言葉の迷人 – 霧の中のガイドライン
言葉の迷人 – 霧の中のガイドライン
我々は言葉で様々なことを言い表し,そしてそれらの関連を述べ,そうしてできた文を価値あるものかどうか判断している.直面する物事は複雑怪奇であり,恰も濃霧の中でそれら文を頼りに歩いている.
とりわけインターネットの普及以降は文の洪水の中で生きているようなもので,流れが知らず識らずに自らを飲み込んでいるかもしれない危険性を考えると,濃霧よりも厄介な側面がある.
There is, he said, only one good, that is, knowledge, and only one evil, that is, ignorance.
— Socrates (??1)
「無知は罪なり1」とはよく言ったものだが,どうすれば知恵をつけられるだろうか,特定の専門分野を単純に補えばよいのだろうか.それは一つ有効な手段であろう.とはいえ,一段抽象的にこれを問題として捉えた文献が幾つか存在する.魔法の杖とまではいかないが,少し立ち止まって考えを整理するには役立つだろう文献を紹介する.
矛盾、誤謬、詭弁、強弁、偽善、屁理屈
不審な文・主張にはパターンのようなものがあり,分類されて,どこに問題があるのか,また例としてはどのようなものになるのか,といったことが整理されていることがある.
本書はそれらパターンを列挙・分類した辞書のような一冊である.
その分類の叙述に従って,個別の現実にある事例について,誤りがないようにするにはどうあればよいか,という著者の判断が文中にある.これは納得できるものもあれば,そうでないのもあり,注意深く読む必要がある.
例えば第三章第四節第三項にて人事に関する研究室運営について著者なりの理想をおよそこのように述べている.「教授・准教授・助教は初め6~7年間働いて,その間の業績を持って終身雇用契約を結ぶかどうか決めるべきだ.」これは本書で分類されているパターンの 183 番に該当させないことが根拠になっているが,一方で日本の科学研究の地位低下の理由の一つとして「学位を取っても満足な職を得られないこと」であったり「定年年齢が低すぎること」などを挙げている.
私はこれを読んで「おそろしく少ないテニュアポスト争いが終わっても,いわゆるまだ内々定状態であり,そこから更に6~7年という長期間を経てようやく内定を勝ち取るというレースをするべきだ」という主張があまりに酷で納得しづらく,一方で「満足な職が得られない」「定年年齢が低すぎること」といったことはそうだなと納得したりした.こういったことは一例に過ぎないが,それだけ問題解決と問題理解の難しさを感じるところである.
さて数学に馴染みがある方は,この本に何があるか期待するところと思うが,残念ながら第三章第八節第四項のみで,しかもゼロ割という稚拙な例しかない.これを数学の完成度ととるかどうかは貴方次第だろう.
しばしば数学の論理を日常言語に持ってくると,パラドックスのようなものが発生するが,私としてはこの手の話題がたくさん載っていたらと,期待したがそうではなかった.
しかし現実で直面する問題は数学で扱うほど整理されているか洗練されているとは言えず,まずその最初の取り扱いを誤らないための文献として意味があると考える.
本書は非常に多くの例で説明を試みているので,名も知らぬパターンでも本書の指針で分類されたパターンとして載っている可能性が十分あり,曖昧な論拠にメスを入れる機会を与えてくれることだろう.
余談であるが本書は値段がとても安い.お買い得であろう.
錯誤論:論理的/科学的に正しい推論/判断を妨げるもの
『矛盾、誤謬、詭弁、強弁、偽善、屁理屈』とよく似た構成の文献で,違いは政治的な例ではなく,科学技術的な例を中心に述べている点である.
文体が旧仮名遣いなので,ウッとする人もいるとは思うが,非常に個人的な意見を述べると,旧仮名遣いを徹底されている人はこの手の話題が好きなイメージがあり,根拠なき妙な信頼感を抱いている.文の一字一字に非常に敏感といえばよいだろうか(だからといって誤字がないとかは主張しない).
扱っている題材が科学技術に近く,また意図的に著者の専門に近い形で例を選定しているので,私自身は親しみ易く,恰も体験したような感覚で読むことができる.
何よりこれだけの成果物を無料で閲覧できるのは非常に有り難い.
「8.15 無理な外挿」はこのような調査があった事自体,興味深いが,UNICODE で絵文字 (Emoji) が採用されたことを思うと案外 文字も絵文字を文字と思わなければ,「無理が通れば道理が引っ込む」ではないが,コレのように案外あるのかもしれない(嗚呼,定義を変えてしまった).
Piet のように色でやりとりする時代も訪れるかもしれない.いやいや何を言っているのか..こうやって議論は散逸していく..
日本語から記号論理へ
本書は純粋に数学的な話題に関するもので,記号論理に関する入門書である.
日本語の文例から初めて,非常にゆっくりと数学の推論を記号論理で行うための考え方を手ほどきしてくれるのだ.
扱う例も段々と数学的な例になっていくので,途中で置いてけぼりになるということも少ないことだろう.
第二章の最後に数学の方言についての小話があるのだが,それが興味深かった.「方程式を満足する」というのは漢語表現精神の名残であって,「方程式をみたす」と言うべきだ,という主張が (一例として) 展開されている.この過去の経緯を知る主張を見てから,下記のアンサー群を見るとなんとも言えぬ気持ちになる.
一度,静かに潜って数日過ごして,再び俗世に戻れば,喧騒がフェードアウトして穏やかに自らが判断を下せることになろう.
ゲーデルの定理 – 利用と誤用の不完全ガイド
「アインシュタインの相対論が実は間違っていた」という主張をどこかで聞いたことがあるかもしれない.
「地球平面説」でもいいし,「角の三等分問題が解けた」でもいい.
その類いの話は「関わりたくない」というのが本音だろう.一度疑ってみることは非常に大切なことではあるものの,現代社会を順当に学んでいけば自ずと判別がつくものであり,そして彼らの不屈の精神 (?) が並々ならぬものであることに辟易するからだ.
ところがゲーデルの定理に関しては,理解することが難しく,「かいつまんでいうと〇〇だ」というようなところで誤ってしまいがちである.つまり濫用である.そのようなものとして例えば次のような主張を聞いたことがあるかもしれない.
不完全性定理は,科学の進歩がどれほど成し遂げられようと,科学が自然界を完全に解明することは原理的にできないことを明らかにする.
貴方がもしコレはヘンだと思ったら,反論できないといけないのだが,どうだろう.難しいのではないだろうか.
冒頭に挙げた相対論が間違っているとかいう話は,「何が間違いなのか」という点に的を絞った書籍が幾つかあり,『間違え方』を知ることができる.この手の本でゲーデルの定理に関する決定版とも言うべき本が本書である.
本書を通して理解できれば,時に各界の大物がこういった主張をした場合に,確信を持って反論できるようになることだろう.悪い意味で目をつけられるかもしれないが...
- ゲーデルの定理 – 利用と誤用の不完全ガイド
- 不完全性定理入門 初級編:数式をなるべく使わない説明
- 相対論の正しい間違え方 (パリティブックス)
- 続・相対論の正しい間違え方
- 角の三等分 (ちくま学芸文庫)
はじめての工学倫理
いくら筋が通った,それこそ正義という大義名分が十分にあるような主張でも,組織や経済原則と照らし合わせると,「正しい」主張とは言い切れないことがある.工学者は大なり小なり人為的なシステムを構築する.そのシステムの創造主たる貴方は,弱点を知っているし,もしくは誰よりも早く気付ける位置にある.しかしそのシステムは貴方の手を離れ,安全安心な理想的なブラックボックスとして運用されうる.
本書は実際にあった痛ましい事例をもとに工学者がどう判断し行動すべきかを論じた一冊であり,いわゆる工学倫理の入門書である.
工学というとハードウェアのみの事例を扱っているように思うかもしれないが,ソフトウェアについてもいくつか扱っている.本書は最新版ですら 2014/01/15 が出版年月日であるが,この時点で「みずほのシステムトラブル」を事例として選んでいるのは見どころがあるというものである.
論理だけでなく倫理という別次元の尺度も,社会の中で居場所を求めるならば,必要であろう.初めて技術に関する倫理を考えようという場合にオススメの一冊である.
最後に宣伝で恐縮でありますが,
Math Relish 物販部もご利用いただけたらと思います.