開集合

開いた集合と書いて「開集合」.名前が単純であるがゆえに様々な先入観が理解を阻める. そんな代表的な抽象概念ではないだろうか.

The Math Relish Journal Volume 1S

着想や背景

開区間の一般化?

開集合とよく似た名前に開区間がある. 開区間はとても想像しやすい概念であるため,間違えることはないし, すぐに思い出すことができる.

開集合はこのわかりやすい開区間の抽象的な一般化という側面を持っている. しかし開集合の側面はそれだけではないし,開区間の一般化という側面は表層に過ぎない.

開集合は位相空間の定義の中に表れる概念であり,とても抽象的な概念である. 定義だけを見ると開区間の情景が浮かんでこなかったとしても無理もないことであろう. 情景を持って定義を理解するために,もう少しだけ寄り道をしてみよう.

近さという側面

位相はしばしば「近さ」を形容する抽象的な一般化であるとされる. 開集合に含まれる各元どうしは近しい関係にあるという情景をそこに見出そうとするからである. このような情景のために卑近な例を挙げることが多い.

例えば $a, b, c$ という地点があるとき,$a$ から徒歩では $b$ の方が早く到着し,一方で電車では $c$ の方が早く到着するというといったものである.この場合は交通手段によって移動時間の大小に差が生じて,これによって三地点の「近さ」が異なると説くのである.つまり集合で言えば,$\lbrace a,b\rbrace$ と $\lbrace a,c\rbrace$ の二つの集合があると受け止めるわけである.しかしそれらで尽きるのであれば,それらは開集合ではない.卑近な例だけから抽象概念を理解してはならない.

それに今考えた交通手段は徒歩と電車の二通りだが,そんなものは他にももっとあるはずだ.例えば自転車だと $b, c$ との移動時間には差がないかもしれない.はたまた徒歩の場合と変わらないかもしれない.前者の場合は新しい事実 $\lbrace a,b,c\rbrace$ であり,後者の場合は「近さ」を区別できない重複した事実である.いやいや徒歩と電車の二通りしか存在しない世界にいるかもしれない.うん,待てよ,自転車で早かったのは坂道があったからで,逆にたどるとそうでもないなぁ,などなど.このように考え出すとキリがない.卑近な例は都合よく開集合という抽象概念に合うように設定して説かねばならないのである.


上記の説明はわかりにくいかもしれない. もっと平易にここで言いたかったことを述べている 良きベストアンサーがあったので,ここに紹介する.

位相空間論の「近さ」って結局何なんですか?

ユークリッド空間での開集合

基本に戻ろう.ある対象を定義するには,それが何を満たすのかを言明しなければならない. その言明を満たす対象が探し求めていたものとなるわけである.

今その対象とは開集合である.何が開集合かを言明することは, 開集合を要素にもつ集合 $\mathfrak{O}$ を定義することに他ならない. それを位相もしくは開集合系とよぶ.

さて肝心のその言明とは,よく知られたユークリッド空間に片鱗があるとして, 位相の定義を抽出するのである. よって開区間という素朴な対象へと立ち返ることになる. このために開区間を開球体へと一般化しておく.

$B^n(p;r)$ を半径 $r$,中心$p$ の $n$ 次元の開球体とする. $$B^n(p;r) := \lbrace x\in\mathbb{R}^n ~ ~ x-p _2 < r \rbrace$$

この開球体を用いてユークリッド空間での開集合が次のように定義される.

ユークリッド空間 $\mathbb{R}^n$ の部分集合 $U$ が $\mathbb{R}^n$ の開集合であるとは,次が成り立つときをいう.

\[B^n(p; \epsilon) \subset U,~ \forall p\in U,~ \exists\epsilon > 0\]

また,$\mathbb{R}^n$ の開集合全体からなる集合 $\mathfrak{O}(\mathbb{R}^n)$ を開集合系という.

\[\mathfrak{O}(\mathbb{R}^n) := \lbrace U\subset \mathbb{R}^n ~|~ B^n(p; \epsilon) \subset U,~ \forall p\in U,~ \exists\epsilon > 0 \rbrace\]

つまり上記の開集合の定義は,ユークリッド空間の部分集合を開球体でペタペタと適宜膨らませて,はみ出さずに覆えたら,その部分集合は開集合だといっている.

ここまでの予備的考察を踏まえて,開集合を公理付ける位相の定義について述べよう.

定義

$S$ は空でない一つの集合とする.$S$ の冪集合 $\mathfrak{P}(S)$ のある部分集合の族 $\mathfrak{O}$ の元 $U$ が次の三条件を満たすとき,$\mathfrak{O}$ は $S$ に一つの位相構造を定めるといい, 組 $(S,\mathfrak{O})$ (または単に $S$) を位相空間,$S$ を位相空間の台,$\mathfrak{O}$ を位相もしくは開集合系,そして $\mathfrak{O}$ の元 $U$ を開集合という.

1. 全体集合 $S$ と空集合 $\emptyset$ は $\mathfrak{O}$ の元である. 2. $\mathfrak{O}$ の任意の元の任意個の和集合もまた $\mathfrak{O}$ の元である. 3. $\mathfrak{O}$ の任意の元の二つの共通部分もまた $\mathfrak{O}$ の元である.

一般化の確認

ユークリッド空間での開集合系 $\mathfrak{O}(\mathbb{R}^n)$ が位相の定義に掲げた三つの性質を有していることは次のように確認できる.

第一の条件

どの中心でどんな半径をとっても開球体は全体集合 $\mathbb{R}^n$ に含まれるから,$\mathbb{R}^n$ が開集合である. 次に空集合 $\emptyset$ もまた開集合であることは次のとおり.

空集合の部分集合は空集合しかない.そして空集合は元をもたない.つまり開球体として空集合がとれればよい.空集合は元をもたないのだから,中心点がないことになる.そのような開球体は存在しない.そこで特にこの場合について,空集合は開集合であると約束する.この約束は恣意的に映る.実際,そのとおりで論証可能であるから,後でコメントをする.

第二の条件

開集合の和集合を考えたとする.

\[U := \bigcup_{i\in\mathcal{I}}U_i\]

ここに $\mathcal{I}$ の濃度は問わないことにする. この和集合 $U$ が開集合であることを示したい.

定義から $p\in U$ であることと,$\exists j\in\mathcal{I},~ p\in U_j$ であることは必要十分である. ところで明らかに $U_j\subset U$ であり,$U_j$ は中心 $p$ のある半径の開球体を含んでいる. このことは他のどの点 $p$ についても同様の議論となる. よって和集合 $U$ は開集合である.

第三の条件

開集合の積集合を考えたとする.

\[U := U_1\cap U_2\]

この積集合 $U$ が開集合であることを示したい.

$U_1,U_2$ の何れかが空集合であれば,その積集合もまた空集合である. 既にこの場合は議論したから,何れも空集合でないと仮定する.

定義から $p\in U$ であることと,$p\in U_1\land p\in U_2$ であることは必要十分である.中心を $p$ とする $U_1,U_2$ を開集合たらしめる同心開球体が存在する.それらの中で最小の半径をもった開球体を選択するとき,明らかに何れの $U_1,U_2$ について包含される.よって積集合 $U$ は開集合である.

コメント

集合演算だけで「近さ」を抽象化

位相の定義はユークリッド空間での開集合系 $\mathfrak{O}(\mathbb{R}^n)$ がもっていた性質でもって,一般の集合に対する開集合が何であるかを定めるものである.ユークリッド空間での開集合系 $\mathfrak{O}(\mathbb{R}^n)$ での定義には開球体を必要とした.そして開球体は二点間の半径を計算するためのユークリッド距離を必要とした.

このユークリッド距離はよく想起される「近さ」を与えるもので,位相の概念が提供する「近さ」とは異なることが,ここまでの構成から理解できる.ユークリッド距離を直接用いた遠近感表現と,ユークリッド距離によって定義した開集合を用いた遠近感表現とは異なるわけである.後者は間接的にユークリッド距離を用いているに過ぎない.位相は必ずしも距離関数を必要としないので,距離が定義できない場合でも開集合の意味での「近さ」を定義できる.

このように何かの構造を集合に入れることを考えるとき,集合の和や積は基本的な演算であるから,そういったもので定義される位相構造は,とりわけて原始的な構造だといえる.

ユークリッド空間での空集合が開集合であることの論証

開球体の中心 $p$ は空集合の元ではないから,$\forall p\in\emptyset$ は偽である.そこで今,次の命題を考える.

\[\forall (p\in\emptyset \Rightarrow (\exists B^n(p;\epsilon),~ B^n(p;\epsilon)\subset\emptyset))\]

命題の前提は常に偽であった.よってこの命題は全体として成立する. 今,示した命題は空集合が開集合であるための条件であったから,空集合は開集合となる.

三元集合についてのある位相

$S := \lbrace a,~b,~c\rbrace$ に対して,次の集合族は明らかに位相である.

\[\mathfrak{O} := \lbrace\emptyset,~ \lbrace a\rbrace,~ \lbrace a,~ b\rbrace,~ \lbrace a,~ c\rbrace,~ S \rbrace\]

我々はこの位相でもって $a$ を基準とした「近さ」を表現していると形容する自由が与えられているが,そのニュアンスは今持って混乱することはないだろう.

有限位相空間の個数

有限集合 $S$ を台とする位相空間 (有限位相空間) は, $n := S (\geq 0)$ に応じて,どのような位相を入れられるか, その総数の数列 ${T(n)}_{n=0}^{\infty}$ は決まっているはずである.

既に小さい $n$ について求められており,OEIS にも次のように登録されている.

A000798

三元集合の位相の入れ方には $T(3) = 29$ あることになる. なお $29$ あるうち,幾つかは互いに同相な位相になっている. これを除いた総数は $9$ となる. このような独立な位相についても既に小さい $n$ について数え上げがなされており, OEIS にも次のように登録されている.

A001930

しかしこれら数列の閉じた形での一般形は未解決問題となっている.

参考